事務局長の野口です。先日、インド・ビザの申請を行なってきました。10月上旬に、他のメンバーとともに考古学・言語学などに関する国際会議に参加し、インドの研究者と交流を深めてくる予定です。詳細は、後日、この場にて報告いたします。
さて今回は、前回までの投稿
(私たちがやるべきこと/できること、同その2)を踏まえて、では私たちが何を実際に行おうとしているのか、具体的な取り組みについて紹介したいと思います。なお文化遺産をめぐる状況は南アジアの中でも国ごとに大きく異なります。今回は、とくに私が情報交換と交流を担当しているパキスタンの事例について述べたいと思います。
パキスタンは南アジア第2の国土と人口を有する国です。2013年の実質GDPは約9兆8666億パキスタン・ルピー
(2014年9月18日のレートで約10兆3762億円)でインドの約1/10ですが、この10年で実質GDPは2倍となっておりN-11
(ネクスト・イレブン:ウィキペディア)の一角にも加えられています。こうした経済発展を背景に、首都イスラマバードをはじめ、ラホール、カラチなどの大都市周辺では土地開発が急速に進み、また地方でも天然資源の開発、交通網や灌漑水路、ダムの建設整備などが進められています。そして、こうした開発の進展とともに、重要な文化遺産や遺跡が危機に瀕する状況が増えています。
イスラマバード東部のニュータウン開発地域(Bhalia Town: 2014年撮影)※旧石器時代の遺跡が湮滅
イスラマバード東部、1970年代後半~80年代前半にイギリス隊が調査した範囲はすでに住宅団地になっている(2014年撮影)
しかし経済成長が著しいとは言え、国民の約半数がいまだ貧困層にとどまっており
(アジア開発銀行2011『アジア・太平洋地域の貧困:最新情報』[英語])、社会的基盤の整備が急務とされる中、文化遺産や遺跡の保護にまで手が回らないのが実情です。また2001年以降のアフガニスタンにおけるいわゆる「対テロ戦争」の開始とその後のパキスタン国内の治安の悪化を受けて、とくに2007年以降は国際協力による支援も難しくなる局面が増えています。
それでも、パキスタン国内の研究者や実務家は、各地で文化遺産の保護と調査研究を継続しています。現在でこそ、国民の大多数をイスラム教徒が占めています。古来、多くの民族や文明が興隆したパキスタンには、インダス文明、ガンダーラ仏教文化など多様な文化の遺産が残されています。それら文化遺産の保護や調査研究に従事する専門家もまた、ほとんどがイスラム教徒ですが、対象の宗教や文化の違いは問題とはされません。たとえばガンダーラ文化の中心地であった北西部ハイバル・パフトゥンフワ州では、ほとんどの専門家が仏教文化・美術を専門とするため、イスラム文化・美術の保護や調査研究を担う人材が不足していると嘆かれているほどです。
このように、現地においては意欲のある人材が十分に育っているのですが、問題となるのは、海外との交流の機会が少なくなってしまったことです。そこで現地からの要望としては、最新の調査研究の理論や方法、技術、関連情報に触れる機会がほしい、必ずしも最新・最高でなくても良いから新しい機器に触れる機会がほしい、といった声が多く聞かれます。また自主的・自立的な体制を整備するためにも、教育訓練と一体となった調査研究プログラムを実施したい、図書館など情報センターを整備したい、といった要望もあります。
そのような中で、現在、南アジア文化遺産センターが現地のパートナーと協働して実施することを計画している取り組みの一つとして、保護そして調査研究対象となる遺跡の所在地を確認し共有するための地図づくりがあります。
日本では、各自治体が遺跡地図(埋蔵文化財包蔵地地図)を整備し、開発などにより影響を受けるかどうかを判断する仕組みがすでにできています。しかしパキスタンでは、どこに遺跡があるのか、どこからどこまでが遺跡なのかを知ることができる地図は全く整備されていません。
そこで小型で安価なGPS端末、あるいはGPS受信機を内蔵したデジタル・カメラ、さらに最近普及が著しいスマートフォンなどを含めて、遺跡の位置と現状を記録するための機材を確保します。必要に応じて、センターから一定数を提供することも必要になるでしょう。そして現地でのワークショップのかたちで大学教員や大学院生を含む若手研究者に、記録やデータの取り扱いの方法を訓練します。得られたデータは、たとえばGoogle Earthなどの無料のサービスやフリーのGISを使用して整備し、インターネットを利用して共有します。できる限り、資機材の調達費用やランニングコストを抑え、かつ日本とパキスタンという遠隔地間でも協業できる体制を作り出すことで、少しでも規模を広げつつ事業が継続することを目指します。
砂漠の中の遺跡の所在確認(ヴィーサル・ヴァレー遺跡群:2012年2月)
GPSによる位置記録
こうした取り組みは、遺跡の所在地と状況だけでなく、出土・採集遺物に関する情報、あるいは遺跡が立地する地理・地形に関する情報などへ範囲を広げることで、より効果的に進めることができると考えています。現在、パキスタン南部シンド州のシャー・アブドゥル・ラティーフ大学考古学研究室ほかと協働して、具体的なプロジェクト実施のための準備を進めています。またディアメル・バシャ・ダム建設に伴う水没文化遺産救援プロジェクトについても、同様の方法で、水没地域の遺跡、文化遺産の分布調査を実施したいと考えているところです。
こうした取り組みに興味を持ち、あるいは賛同していただける方は、ぜひ南アジア文化遺産センターにご入会いただき、ご支援いただければと思います。よろしくお願いいたします。
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